Association of Japanese Residents in Lao P.D.R.



2008年3月号目次

・2007年度日本人会副会長

・鳥インフルエンザ

・バザー収益金 寄贈式
・日本人会大運動会

・教務チームの取り組み

ラオス人に学ぶ酒を断るすべ
アカ族のラオラオ
七変化の町ルアンパバーン
カブトムシおにぎり
サニャブリのルー族
ラオ薬草酒のコレクション物語
森の温泉
忘れられたビエンチャンの港
ビエンチャンにもっとも近い温泉
モン正月
ナムグム湖
バンビエンの洞窟
ナムフーム、タートソン...
家畜市場価格
家の近所のラーメン屋
サワンナケート
カムアンのコンロー洞窟
私の思いでの道 15号線
ガイドブックにないラオス南部
ワットプー祭り
ラオス人と毎日の天気
ラオスの道路事情

・一年間を振り返って

コ  ラ  ム

私の思いでの道 サラワン県国道15号線


 昨年9月仕事でラオス南部サラワン県のウァピ郡を訪れる機会があった。地図上だとヴィエンチャン市からメコン川沿いの国道13号南線を南下して行き、サバナケットを通り越してサラワン県に入ったコンセドーンの街で左折して15号線を東に進めばいいはずだ。しかし運転手に聞いてみると、「今はまだ雨季だから15号線は川沿いなので通れないかもしれない。危ないから遠回りだけどパクセ経由でサラワン県庁所在地サラワン郡に抜け、そこからウァピ郡に戻るほうがよいだろう。」とのこと。彼の言うとおり迂回をして行くことに。

 無事にサラワン郡に到着し、ラオスに来て二回目のサラワン郡での一晩を明かした翌朝、いざウァピ郡へ。当初近道として行こうと考えた道順とはまったく逆方向に15号線を西に走ることに。ガッタン、ザワザワザワ。「ムムッ?いきなり未舗装道路かよ!」道が悪いことは想定していたが、一応巷で手に入る地図では結構太い線で描かれた立派な幹線道路のはずである。せめて途中ぐらいまでは舗装路に所々穴ぼこが空いているくらいかと想像していたのだが甘かった。「う~ん、でも意外とよく整備されている。中途半端に穴ぼこだらけの舗装路より、土だけど平らでしっかりとしたこの未舗装道路のほうがずっといいや。これだったら地図で見たとおり近道してよかったんじゃない?」と一人つぶやいていた。

 ウァピ郡まで二時間余り車で走ったが、いわゆる朝のラッシュ時間であったにもかかわらず途中すれ違った車の数はわずかに6台。それに比べて途中多いなあと感じたのは、橋の数。どれもいつ壊れて落下事故が発生したと聞いてもおかしくないようなものばかりだけど、短いもので全長ほんの3メートルぐらい、長いもので2,30メートルあるものなど長短合わせて20本以上、13号線にぶつかるまで渡るような道である。実際途中「もしかしたらこれだけ多くの橋を渡るのだから、このうち一本ぐらい自分の乗った車がその崩れるときに当たっても確率的にはおかしくないかも。」などとまずはありそうもないことを考えて、時には渡る瞬間に目を瞑って祈っているときも何度かあった。その一方でそうしたハラハラ感とは対照的に橋を渡るときに良く見かけるほのぼのとした光景が、下の川または小川で水浴びや洗濯をしている地元の人たちの自然で素朴な姿である。自分も仕事でなく休暇で来ていたのなら、間違いなく途中で車を止め、川に飛び込んでいただろう。「インドシナ半島の大動脈メコンもいいけど、やっぱりこういったちょっとした支流の川や小川がいいよね。」と橋を渡るたびに思った。

 ウァピ郡で用を済ませ昼食を摂った後、そのままその15号線を西進。行きに道沿いの川の氾濫を恐れて避けたあの道である。地元の人たちの情報によると問題なく行けるとのこと。でも走り出すと、午前中来た道とは同じ道の延長とは思えないちょっと荒れた様子。所々大きな水溜りがあって、行き交う車やオートバイは皆スピードを落とし右往左往  しながら避けて通らなければならない箇所がずいぶん増えてきた。そのうちふと気づいて路肩を見てみると、1メートルぐらいの幅で水が流れているのに気づいた。「ひょっとしてこれって出発前にうちの運転手が話していた川じゃないの?」川と言っても、小川とも呼べないような、ほぼ間違いなく乾季には消える雨季限定の水の流れである。「これかぁ、川で道が通れなくなるかもって言っていたやつは!」これぞまさに開発途上国によくある百聞は一見に如かず。出発前に地図を目の前にして運転手から説明を受けたときには、どう見てもこの15号線のそばに描かれている川は道からいくらか離れているので、「本当にこの川が雨季にはそんなに膨れて道に溢れ出して来ちゃうの?」ってちょっと首をかしげていたのだが、やはりあの川ではなく、地図にも表れない雨季限定の“川”であったのだ。「う~ん、これが地図ではわからない国道15号線の謎かぁ?」と、ひとり感心して車の外の景色を眺めていた。そのころ同乗していたラオス人スタッフたちは、歌を歌ったり時々笑い声の広がる冗談話で盛り上がっていたり、よくある普通のラオスの道を通って行くのと同じような様子で楽しそうに私と同じ時をすごしていた。
(角 田)